街の歴史

米子の歴史

1601年の築城、北前船時代の「山陰の大阪」から、山陰鉄道発祥、2023年の米子駅新駅舎とがいなロードまで、米子が旅の拠点になるまでを層ごとに辿ります。

年表

  1. 1601

    築城と城下町の起点

    中村一忠が米子城を完成させ、城下町が広がり始め、近代米子市の基礎になりました。城跡には当時の石垣が今も残ります。

  2. 江戸〜明治

    北前船と「山陰の大阪」

    北前船による海運と商業の要衝という立場から、米子は強い商人階層が育ち、商売が栄え、「山陰の大阪」と呼ばれました。

  3. 1889

    町制施行

    近代の市町村制度のもと、1889年に米子町が成立し、その後の都市発展の行政的な基礎となりました。

  4. 1902

    山陰初の鉄道開業・米子駅誕生

    1902年、山陰地方初の鉄道が境(現・境港)〜御来屋間に開業し、米子駅が設置されました。米子は「山陰鉄道発祥の地」と呼ばれ、鉄道の街へと発展します。

  5. 1927

    市制施行

    1927年に米子は市制を施行し、鳥取西部の中心都市の一つになりました。

  6. 戦後

    鉄道の街の時代

    戦後、米子駅一帯には鉄道管理局と機関庫が置かれ、多くの鉄道員とその家族が周辺に暮らし、先代の駅ビルは長く「鉄道の街」の象徴でした。

  7. 2023

    新駅舎「シャミネ米子」と「がいなロード」

    2023年7月29日、米子駅の新駅舎・駅ビル「シャミネ米子」が開業し、同日に南北自由通路「がいなロード」が開通しました。全長約140m、展望デッキから扇形車庫を望め、線路で長く隔てられた南北をつなぎました。

今も街を形づくるテーマ

商都の気質: 「山陰の大阪」

米子は周辺の多くの街と異なり、早くから活発な商人階層が育ちました。北前船の海運と商業の活力が進取の気質を生みました。これを知ると、下町散策の商家町の風合いがより読み解けます。

山陰鉄道発祥の地

山陰鉄道の起点として、米子駅には「山陰鉄道発祥の地」の展示があり、蒸気機関車の車軸と客車の車輪のモニュメントと記念碑が、その鉄道史を伝えます。

0番のりば: 境線の妖怪の起点

米子駅の境線専用「0番のりば」は1番ホーム東側の切り欠きにあり、境港・水木しげるロードへ向かう妖怪列車の起点です。米子の鉄道らしさと境港の妖怪文化を結びます。

城跡から街の層を読む

城下町、商都、鉄道の街——米子の歴史の各層は街に残ります。まず米子城跡で地形を見て、下町と駅を歩くと、層がつながって見えてきます。

米子エリアガイド

出典一覧

商業品質の旅行情報には、出典と確認日が必要です。このページで使用した情報源です。

Yonago Castle Ruins

Japan National Tourism Organization · official tourism

最終確認: 2026-06-29